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第 11 回かんな秋のアート祭り──鬼・神・風・土
かんな:群馬県藤岡市鬼石周辺地域・埼玉県児玉郡神川町神泉周辺地域
山々に囲まれ、碧緑の清流・神流川を挟んだ鬼石と神泉。ここは不思議と芸術家が集う魅惑の地でもあります。縄文時代から人々が住み、鬼が住まい、人は馬を飼い慣らし、遠くから人々の往来があり、古くから現在にいたる数々の移住があり、隠れキリシタンの言い伝えもあり・・・
この魅惑のかくれ里で生まれた、「かんな秋のアート祭り」を今年も開催いたします。川を挟んで隣り合うこの地には「鬼石」「神泉」と、「鬼」と「神」とがその名に含まれます。この地でよく見られる景色─山々から雲が生まれるその姿に、まさに鬼と神とのあらわれを見るようです。
この地の芸術家たちが織り成し、懐かしくも美しい風土に立ちあらわれる「鬼・神・風・土」をたしかめに、神流川流れる鬼・神の里へ、どうぞお出かけください。
日時 2025 9.20(土)~10.13(月)
期間中の土・日・月・祝のみ開場
10:00~17:00 入場無料
(一部の会場イベントは日時が異なります)
【お願い Please give a DONATION】
私たちは、この地に遺された芸術と、古きよき時代のおもかげを残す景観を、次の世代に伝え るため、活動を続けてまいります。お一人お一人のお心づけが子どもたちへの希望のおくりも のとなります。何卒、ご寄付をお願い申し上げます。
Kanna: Area around Onishi, Fujioka City, Gunma Prefecture; Area
around Kamiizumi, Kamikawa Town, Kodama District, Saitama Prefecture
Surrounded by mountains, Onishi and Kamiizumi that draws between the clear green stream of the Kanna River.
This is also a fascinating place where artists gather mysteriously.
People have lived here since the Jomon period, onis (demons) dwell here, people have tamed horses, people have traveled here from far away, there have been numerous migrations from ancient times to the present, and there are also legends of hidden Christians...
The Kanna Autumn Art Festival, born in this enchanting hidden village, will be held again this year. The names of the neighboring towns across the river, Onishi and Kamiizumi, contain the words “oni” (demon) and “kami” (god). The scenery often seen in this area, with clouds rising from the mountains, seems to be the manifestation of demons and gods.
Come and experience the “Oni, Kami, Wind, and Land” woven by the artists of this region, which appear in the nostalgic and beautiful landscape. Please visit the village of Oni and Kami, where the Kanna River flows.
Date: September 20 (Sat) to October 13 (Mon), 2025
Open only on Saturdays, Sundays, Mondays, and holidays during the period 10:00 a.m. to 5:00 p.m.
Free admission
Request: Please give a DONATION.
We continue our activities to preserve the art left behind in this land and the landscape that evokes the charm of a bygone era for futuregenerations. Each of your contributions becomes a gift of hope for the children. We kindly ask for your donations.

わたしたちは「かんな秋のアート祭り」を、鬼石・神泉に住んでいる、住んでいた、あるいはこの地に拠点をおく芸術家の作品と、 鬼石・神泉で行われている芸術活動を紹介するよい機会だと考えています。というのも、ここ鬼石・神泉は芸術家が不思議と引き寄せられ、芸術が静かに息づく場所だからです。芸術家がなぜこの地に引き寄せられるのか、なぜ芸術が育まれるのかを、訪れる人、住んでいる人に感じてもらいたいからです。
それには、外から芸術家を招待して展示発表の場としてもらうよりも、この地に引き寄せられて生まれた芸術、この地に育まれて生まれた芸術を、生まれたこの地で観てもらう方がよいのではと考えました。芸術が静かに息づくこの地のよさが何なのかについては、展覧会を見た人それぞれに感じ、考えていただくとして、ひとつ言えるのは、ここは、何かをかたちにあらわしたい、あらわしてしまうという “つくる喜び” がのびのびと発揮される場所だということです。
ところで、美とは、何でしょう? 陶芸家の河井寛次郎は、美の正体について「ありとあらゆる物と事との中から見付け出した喜」としています。ものごとにはそれぞれ固有の美しさがあり、こちらの都合とは関係なく、そのものが必然的にそのようにあることが美しいというわけです。 “在ることのよさ” に気づくことが美を感じるということなのでしょう。何の役に立つのかわからないけれども “よい” という戸惑いのようなもので、そのとき美を感じた人の中には利害的興味関心とは異なるセンサーが働いているのだと思います。
だとすると、つくる喜びとは、見付け出した喜びをかたちにあらわす喜びのことで、それが美術(芸術)の動因であり、また根幹をなしているのではないでしょうか。「かんな秋のアート祭り」で作品を鑑賞するにあたっては、ぜひ “喜び” に着目してほしいと思います。そこに喜びはあるのか、あるとすればどんな喜びなのか。(喜びが損なわれた状態を癒す行為、つまり喜びの回復もまた喜びです)。その際に大事なことは、喜びのセンサーは美しさと同様、見る人それぞれに固有のものだということです。観たものの判断として、芸術的に見えるかどうか、有名かどうか、市場価値があるかどうか、役に立つかどうか、SNS 映えするかどうか、自己アピールが強いかどうか、新しいかどうか、わかりやすいかどうか──などではなく。
つまり誰かの目ではなく、自分の目でみてほしいのです。そして慌てずにゆっくり感じてほしいのです。自分の外にある “よさ” が、自分の中にも “よさ” としてあらわれるのを。すると、芸術を体験した後で、ものごとが違って見えるかもしれません。今まで見落としていたもの、気づかなかったもの、この地のよさ。
そこに “在る” ものを “生かす” 視点でもう一度見ること。それが芸術の種です。